日本の腐女子が北欧のゲームスタジオに就職し、隠れた腐女子仲間を見つけて乙女ゲーム開発スタジオを立ち上げた話
日本で根強いファンを持つヴィジュアルノベル(VN)ですが、欧米でも徐々に人気が高まりつつあり、テンセントがVisual Artsを買収したこともあってさらに人気が高まる期待が寄せられています。
https://www.siliconera.com/visual-arts-acquired-by-tencent/
8月7日からSteamでもVNオンリーのフェスティバルセールが開催されています。何気なく語っていますが、これってすごいことです。
Steam初期、ビジュアルノベルはなかった
日本から見ると驚きかもしれませんが、Steam上ではSteam Greenlightというコミュニティ投票制リリース審査機能が2012年に採用されるまでVNは存在しないも同然の扱いでした。Steamでゲームとして市民権を得たのはSteam Greenlight採用以降になります。
2017年以降はSteam Greenlightは廃止され、Steam Directという一定の基準を満たせば誰でもゲームをリリースでき仕組みに変わりました。そのSteamGreenlight終了のSteamのアナウンスには、下記のように書かれています。
(Greenlight開始)初期の頃は、ビジュアルノベルのような、それまで極めてニッチだと思われていたゲームカテゴリーが大きく成長した。ビジュアルノベルが好きな人も嫌いな人も(設定から表示のカスタマイズできます)、Steamで大きな支持を得るようになった。」
作品数や売り上げは?
現在Steam上でVNでリリースされている作品数はかなり多いのにも関わらず、収益の中央値はFPSよりも高い数値になっています。これは、一つの作品に対しての収益がそこそこあるという特殊なジャンルであるということが言えます。
ポルノ系VNも多く、コアなゲーマーにはあまり支持されていない時代が続きましたが、ここに来て、VNも進化してきています。
ちなみに、VNにも種類があり、選択肢があまりない『ghostpia』のようなVNはキネティックノベルと呼ばれるジャンルに当たります。昨年リリースされた『Digimon Survive』はVN+戦略RPGのハイブリットゲームとして新しいVNの可能性を押し上げてくれました。また今年の頭にスクエアエニックスからリリースされた『パラノマサイト』もホラー×推理×VNになります。またVNとタイピングゲームのハイブリット『MINDHACK』もユニークでとても面白いゲームです。
筆者が好きなVNは『逆転裁判』シリーズですが、乙女ゲームも忘れてはいけません。
日本の『アンジェリーク』から始まった女性向けジャンル「乙女ゲーム」もVNでは人気です。英語圏にも『乙女ゲーム』ジャンルがあって、少しニッチだけど濃いファンがいます。
ジャンル名もそのままOtome Game!
イキガイ、ワビサビ、ヘンタイに並ぶ……というといいすぎですが、欧米でも文学系オタク女子に英語で「Otome」と言えば通じます。
本日はVN人気が加速しそうな流れを感じる中で、今回はNeon Noroshiが今の形になる前に、北欧のゲームスタジオで乙女ゲームのVNを作って感じたこと、「まだ、乙女ゲームはグローバルになり切れていない」という温度感を語っていきたいと思います。
注意:内容が腐っておりますので、腐向けが苦手な人はご遠慮ください。
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突然ですが、私は日本出身で、日本にいた頃はたいそう腐っていました。思い起こせば、「幽☆遊☆白書」がリアルタイムでジャンプに掲載されていた時から腐っていました。
一番好きなカップリングは妖狐蔵馬と飛影です。
……だが、腐女子魂は死んでいなかった!(急に北斗の拳)
ゲームスタジオへの転職が、私の腐女子魂を呼び起こしてしまったのです。 当時のスタジオは、同じ大学出身の仲良しゲームオタク男子5人が開発のコアになっているゲームスタジオだったのですが、美味しい環境がそろいすぎていてダメでした。
・スウェーデン
・ゲーム開発
・オタク
・20代半ば男子しかいない
・5人
・全員大学の同級生(学部は違う)
・CEOとCTOが双子
・アニメーターは北極圏生まれ
・アートディレクターが長髪
・サウンドクリエイターの名前がビクター
腐女子の皆さんならわかってもらえると思うんですけど、設定盛りすぎじゃないですか!?
乙女ゲームでも、BLでも、なんでも行けるぐらい設定が揃ってる。
私は2次元専門だったから耐えられたけど、3次元好きだったら耐えられなかった。
しかし、耐えられたのも2年半だけ。
スタジオで勤務していたある日、気づいてしまったんです。スタジオのスタッフを二次元に変換すれば、美味しい設定のままで乙女ゲームにできるって。
3次元なら耐えられたけど、妄想上でも2次元にできると気づいてしまったらもう耐えられなかった。
気づいたときにはエイプリルフールでなにかやるとなったとき私の勤務先のスタッフをゲーム化した乙女ゲームの企画書を提出していました……。
おちゃらけて書いていますが、コンプライアンスとか、人権意識が強い欧州でこの企画を出すのには勇気がいりました。ちょっと考えても以下のような懸念点がありますよね。
・単純に仕事場の仲間へのセクハラやモラハラじゃないのか?
・ゲーム業界で渦巻くセクハラやモラハラを助長しないか?
・実際の人物の肖像権はどうなるのか?
・変態だと思われて会社をクビになるのではないのか?
・どこまでストーリーを過激にしていいのか?
・彼らの彼女たちはどう思うのか?
・そもそも会社のカルチャーを壊さないか?
・会社のブランディングを傷つけないか?
・炎上したらどうするのか?
・ヴィジュアルノベル(VN)というジャンルが理解してもらえるか?
これらは全部問題になりました。私がチームにこの恋愛シミュレーションゲームを作る為に行った説明を書いていきます。
・「ヴィジュアルノベル」というゲームのジャンルがあることの説明
・「恋愛シミュレーションゲーム」は日本では定着したゲームだということ
・BLというカテゴリが存在していること
・ターゲットオーディエンスは女子だということ
チームはもうゴリゴリのPCハードコアゲーマー(特に長時間かかる戦略シムゲームなどが好き)なので、「ヴィジュアルノベル」の「ヴィ」の字も分かりませんでした。2021年の話です。Steamで「VNが超ニッチジャンル」と記されていたのも、こういった背景もあるからなんだと知りました。
「恋愛シミュレーションゲーム」は誰もプレイしたことのないうえにネガティブな印象でとらえられており、「BL」に至っては「ゲイとどう違うのか?」という議論が1時間も繰り広げられました。
「BL」はあくまで女性が思い描く理想の同性愛を具現化したファンタジーであり、2次元のものなので実社会のゲイと混同することはない存在だと思っていました。少なくとも私は。
しかし、スタジオのスタッフ、そして一般の人から見たときは同じに見えるのだ、衝撃を受けました。日本にいたときにはこれで通じたのに!そして、あくまでもこのゲームが完成した場合、チームは面白いと感じることはまず100%ない。それは、このゲームの真のオーディエンスではないから!という事を強調して伝えて…… 後日、スタジオから、いくつかの条件が飲めれば製作してもいいと連絡があります。
ヴィジュアルノベルもBLも乙女ゲームも知らないのに寛大すぎる!!!
・手を繋ぐ事がデートの限界。それ以上のスキンシップは合意の上でなければ不可
・プレイヤーが性別を選べる。彼/彼女/彼ら(この時点でBLゲームではなくなりました)
・メンバーの意志を尊重する
・メンバーが一人でも不快な思いをしたら製作を中止する
・メンバーの家族や彼女が不快に思ったら製作を中止する
・プレイヤーは会社の同期という設定ではない事(社内恋愛はまずい)
・プレイヤーは会社のインターンという設定ではない事(インターンはまずい)
・「社長」などの組織パワーを利用したストーリーを書かない事
・セクハラやモラハラなどの誤解を招くようなストーリーは書かない事
・ゲームは無料である事
・ゲームリリース後のカスタマーサポートはしない事 <バグ潰せよの意味
・リリース時に炎上したら、ゲームを落とす事
・エイプリルフールときちんと注意書きをする事
・通常業務時間をこのゲームの製作に使い過ぎない事
・予算はない
あれ、いくつかの条件って聞いたのに15の条件になっている!?
それはさておき、特に組織の力を利用したパワハラに厳しいことに気づかれると思いますが、当時は某大手ゲーム制作会社の社員が社内のセクハラを #Metoo でTweetに公開し、ゲーム業界のセクハラが話題になっていました。
とくに権力のある人、重要な立場の人がその力でセクハラが行われていたという事例が多かった為、こういったことにはとても敏感になっていました。もちろん、今もこういった表現を匂わないように細心の注意を払わなければなりません。
また、よく見ると恋愛ゲームとしてはシチュエーションが限られてくる条件が入っていますね。
たとえば、日本の乙女ゲームでは鉄板の「壁ドン」シチュエーションはまず無理です。合意の上の壁ドンは事実上存在しないので、ハラスメントになります。「今から俺が壁ドンするが、いいよな?」なんて合意をとってから壁ドンするなんてギャグでしかないですよね。
きわどい口説き文句も入れるのが難しい、しかも触れても「手」まで!!
ただ、シチュエーションが限られてくれば限られるだけ、妄想に萌えられるのが腐の性(サガ)。 もうこれは引き下がれない。という事で、私は彼らの恋愛シミュレーションゲームを作る為に、七人の侍の如く仲間を集める旅に出かけました。
ちなみに、予算がないのでプログラマーは不在。開発環境としてはRen'Pyというヴィジュアルノベルに特化されたエンジンが無料で提供されていて、これを使うことにしました。
これがすごい。ゲーム内の会話のルート(遷移)なんかも簡単に表示できるし、画像やキャラクターのフェードイン、フェードアウト、音楽の挿入、切り替えも簡単!複雑なコードを書かないでいいので、バグも出づらい。ローカライズ機能もついていて、Ren'Pyのコード上で翻訳でき、エクセルシートで翻訳しなくていい。ワールドワイドなヴィジュアルノベルを作りたいなら、おすすめです。
プログラマーが必要ないので、最小チームは、キャラクターデザイナーとスクリプトライター/ナラティブライターとプランナー(企画)の私の3人。
早速、キャラデザを担当できる人を探そうと思った時に、企画者として判断に迷ったところは、
1、思いっきりエイプリルフールってわかる様に振り切って、日本のアニメテイストバリバリでいく。海外のスタジオがこれやると絶対パロディって一発でわかるやつ。
それともアメコミ風ダンディー系?目指すはDream Daddy(ドリームダディ)?
ドリームダディは一世風靡したヴィジュアルノベルです。
うむ……Flamebait Gamesのユーザーオーディエンスは丁度、アジア・欧米とバランスがよく取れており、そんなにどっちに向けて作っても遊んでくれる人はいる……それなら、中間を目指そう!それかどっちにも寄らない新しいテイストを作るのはエキサイティング!
という事で、最初にキャラクターデザイナーを探していたところ、筆者の旦那の働くゲームスタジオに日本が大好きなスウェーデンのデザイナーがいると聞き、会いに行きました。話してみると私以上に腐っており、私の企画の仲間に入れて欲しそうな顔でこちらを見ていたので仲間にしました。「日本大好き=腐っているという隠語」です。同時に、彼女の知り合いで乙女ゲームが好きな音楽ヘルプ&進行管理のPMも確保。
後日、彼女と共に作り上げた5人のキャラクターの元の姿と、ゲーム内の姿をここで紹介しましょう。写真と少しイメージが違うように見えるかもしれませんが、スタッフの性格やしゃべり方を加味して私の目から見た彼らを二次元化すると、すごく美青年だったり、クールだったりするんですよね。
次は、ナラティブライター(日本ではシナリオライターにあたります)が必須。スウェーデンの知り合いのゲームスタジオにいつも原宿スタイルで出社している3Dアーティストのベルギー出身女子がヴィジュアルノベル好きと聞いていたので、確認してみると……。仲間に入りたそうにこちらを見ていたため、その場で捕獲!
さらに、彼女の友達で乙女ゲームが好きな現役のナラティブライターのネイティブチェッカーも確保。
すらすらとメンバーがそろってしまった。日本出身の私を筆頭に、スウェーデン人、アイスランド人、ベルギー人、カナダ人と国際色豊かなメンバーがそろいましたが、全員腐っているので話はとてもスムーズ。
腐ってるもの同士は自然に惹かれ合う。スタンド使い同士もそうなので、きっとそういうことなのでしょう……。
と、冗談めかして書いてしまいましたが、これはもう欧米での乙女ゲームの需要度に起因していると思います。昨今は『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』が英語に翻訳されていて、主人公のカタリナなんて「バカリナ(鈍感すぎるから)」として親しまれています。
Reddit(掲示板)を見ると、Otome(乙女)というジャンルが結構大きいジャンルとして存在し、さらにOtome Isekai(乙女異世界転生)がサブジャンルで存在するぐらいに乙女ゲームは英語圏に進出しています。でも、メジャージャンルかというと違う。
先に書いた通り、Flamebait Studioのハードコアなゲーマーたちはヴィジュアルノベルの存在も知らなかったし、BLや乙女ゲームの存在もある種異質なものととらえていました。このエイプリルフールゲームが最終的に完成した後でインディーゲームの掲示板に宣伝に出たのですが、「不快だから消してほしい」と管理者に言われたこともあります。
つまり、昭和や平成初期の日本オタクのような……ネット上で乙女ゲームを摂取しつつ、現実では「日本大好きだよ、キティちゃんとかね」「原宿系って最高にCute!」と装って、ひそかに腐女子仲間を見つけてカミングアウトできる日を夢見るような世界でした。
場所によって温度差があるかもしれませんが、スウェーデンの私の周囲ではそうでした。
なので、仲間を見つけてみんなハッピーだったし、乙女ゲーム制作のチャンスに腐女子たちは飛びついたのです。ということで、Flamebait GamesのチームからもらったNG案に気をつけながら、ストーリーを作っていきました。デートやキスや付き合う事がゴールではない恋愛シミュレーションで、ドキドキするシーンは作りにくい。
そう思っていましたが、腐女子が7人寄れば煩悩が限界突破。
気づけば全ルートで13,000文字、A4ペラにすると30−40枚程度。デートやキスがなくてもドキドキできるアイデアを尽くして乙女ゲームが完成していました。いや、これはほんと見て欲しいです。
ゲームに必須のトレイラーもポップな感じで作成!音楽は海外のフリーランス依頼サービスFiverrでオリジナルで8000円程。トレイラーのアニメーション化も知り合いに頼んで1万円程度と相成りました。ちなみに、ボイスもチーム本人達にとらせてもらって、なかなかリッチな感じのゲームになりました。
結果
リリース2週間の結果は、ページ自体は7,800View程で、Downloadsが1,900超え。無料なので、もう少し行くかなとは思っていたが、まぁかなりニッチなゲームな割に、意外とダウンロード伸びたなという感想。そして無料なのにプレイヤーからの寄付が$60も……。
23評価中22個が5スターで1つが4スターという高評価ぶりも、かなり嬉しい。
エイプリルフールの結果としては、まあまあソコソコ。爆発的な反響はなかったものの、7000人以上の人たちが、Flamebait Gamesの名前のついたページを見てくれたのは結構大きい事なので、今年はそれでよかったとしました!
※ちなみに、1年ちょっと経った本日久しぶりにゲームを見てみるとダウンロードが1万DL超えていました。何も宣伝していないのに・・・。
という事で、itch.ioで絶賛無料配信中!(英語版)、日本語版はBOOTHにて無料で配信中です。
Flamebait Dating Sim 恋するゲームジャム - Rotten Raccoons Shop - BOOTH
サイドプロジェクトをサポート&プレイテストしてくれたFlamebait Gamesのチームのみんな、本当にありがとう!みんな大好きです!
そして、これからも、自信を持って「腐っていこう!」と思うのでした。
ちなみに、集まった7人の腐女子は仲良くなり、Rotten Raccoons(腐ったタヌキたち)という乙女ゲーム開発チームスタジオを設立。
Flamebait Gamesから独立し、スウェーデンを拠点とした乙女ゲーム開発スタジオができてしまいました。
エイプリルフールネタを作るつもりが、ゲームスタジオができてしまった……。
長くなりましたが、これが私が参加する乙女ゲーム開発チームの成り立ちから、私が感じた欧州のノベルゲームや乙女ゲームに対する肌感、文化的需要の状況などが伝わっていれば幸いです。
後半ではこのOtome Gameイベントの話と、このチームでゲームを開発してプロローグ版をリリースしたときの話をしたいとおもいます。
少しおちゃらけた感じで書いていますが、この記事を掲載しているNeon Noroshi社は「欧米から日本、日本から欧米へインディーゲーム」を宣伝するPR会社です。今後も北欧を中心にゲーム文化の面白話、ゲーム開発者の助けになる情報を発信していきますのでX(@NNoroshi)をフォローしていただけると嬉しいです!